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会社に行けなくなった本当のワケ

こんばんは、秀虎です !! 金曜日は忘年会でした。 そこで思い切り酔っぱらってしまい、 気分悪く土曜日は一日中寝てしまいました。 (1年の疲れか、日曜日も今まで寝ていました笑) さて、今日のテーマについてお話します。 私が出社できなくなった本当の理由を。 私は既卒で就職活動をしました。 そこで、とある有名企業に入社が決まりました。 最初こそ有名企業ということもあり、 浮かれていたように思います。 ただ入社してすぐに感じる違和感。 その原因は徹底したコンプライアンスに 一因があったように感じます。 加えて指導に当たってくださった、 役職者の方の存在が私にとって よくない方向に相まってしまいました。 どういうことかというと、 そこの企業では離席時に PC をロックすることは もちろん基本なんですが、 さらに机上にモノを置いておくことができません。 とにかく入社して2ヵ月ほどは 席に戻るなり怒られたり、 私の行動の一挙手一投足を注意されました。 当時の私は社会の右も左も分からないのだから、 これぐらい当然なのかもしれないと耐え忍んでいました。 しかし、そういった環境で過ごすこと 2か月を超えたある日のことです。 起床することが遂にできなくなり、お休みをし、 すぐに掛かりつけの病院で休職を命じられました。 僕が PD (パニック障害)を発症した当時も 同じような環境にありました。 それは私立の高校でガチガチの校則に 縛られていた時のことでした。 僕にはどうもそういった秩序だった環境が 向いていないようです。 もちろん法律が好きなくらいなので秩序は好みますが、 個人の自由を奪うような秩序には反応してしまうんですね。 今いる会社くらいの程よい自由度が合っています。 有難いお話です。 法律事務所でガチガチのところはあまり見ませんが、 私が事務所を構えた時もきっとゆるいでしょう !! Bonafide Law Hustler   秀 虎  @ hideo10...

親が絶対やってはいけないコト

こんにちは、秀虎です !! 世の中には正解はありません。 が、正解に近いような原理・原則 というものはあると考えています。 それが今日のテーマです。 僕は子供がいるわけではないので、 自分が子供を持ったらと想像したとき、 絶対やらないことを考えました。 それは、 「一方の親がパートナーの悪口を言う」 ということです。 ぶっちゃけた話、 これは僕が受けた教育だったので 実体験からのお話です。 小さい子どもにとって判断能力は未熟で、 親という絶対的な枠から出ることができません。 そのような存在の親の悪口を もう片方が言ったとしたらどうなるでしょうか ? 子どもは何を信じていいのか分からなくなります。 肝心な時に親という存在を頼りにできなくなるのです。 ただでさえ親の言うことは正しいと考えています。 その親が悪口を言うくらいだから、 「きっと悪いんだろう」と素直に考えてしまいます。 にも関わらず、その悪い方も信ずべき親なのです。 だからこそ子供はどっちを信じていいのか分からなくなり、 迷子になってしまうのです。 だから、家族内で悪者を作らないことです。 みんな良いところもあれば悪いところもあると、 親が責任を持って教えてあげる。 親自身も当然苦手なこともあれば、 リスペクトできるような長所を持っているのですから。 それを短所ばかりに目を向けさせると、 社会に出た時に人の短所しか見えない 歪んだレンズを掛けた大人になってしまいます。 結局、世の中は heads or tail 。 陰と陽。 表と裏。 光と影。 短所と長所はそういった中で表裏一体なのです。 ならば自分の子供には、 人のいいところが良く映るレンズを 掛けさせたいと思いませんか ? Bonafide Law Hustler   秀 虎  @ hideo109

敬語には敬語を タメ語にはタメ語を

こんばんは、 同じ本を 3 冊買ったことに気付いた 秀虎です !! ANARCHY さんのリリックに 「ナメられるぐらいならワンパン入れる」 という言葉があります。 そういう僕も GHETTO 気質が未だに抜けず、 なめられることが大嫌いです。 それに加えて、上下関係が厳しいところで 育ったこともあり、言葉遣いに敏感です。 たまぁ―――――に、いるんですよね。 職場などパプリックな場で、 初対面にもかかわらず 馴れ馴れしく話掛けてくる方が。 もちろん身分が上などならば、 下手にへりくだることもないでしょう。 ただ、こういう場合で僕が経験してきたのは、 ほぼ立場が変わらない場合です。 漢さんのリリックには次のようなものがあります。 「歳上、歳下、タメ だから何?」 要は年齢など関係ないということです。 年長者を敬えなんて言葉が昔はありました。 が、彼らは敬えるようなモノを我々の世代、 ひいては未来の日本に残してきたでしょうか ? 敬語は、相手を「敬う」言葉です。 僕はどんな年齢にあろうと、 初対面ならば敬語を使います。 たとえどんな歳下であってもです。 親しくなってから友人のように接すればいいのです。 ビジネスをやっている中で、ましてや同じ身分なら 馴れ馴れしく話しかけてくるなんて論外です。 これが僕の長年のポリシーでもありますが、 同時に壁にもなりえます。 苦い経験もしてきました。 みなさんは、どう対応されていますか ? Bonafide Law Hustler   秀 虎  @ hideo109

エゴと利他のバランス

おはようございます、秀虎です !! 昨日の文房具コレクションはいかがだったでしょうか ? 私自身、初の試みとなるんですが、 今後は YOU   TUBE で補足するのも いいかもしれないと考えています。 (※但し、顔は出しません笑) さて、今日考えたいテーマは 「 エゴ と 利他 」です。 そのバランス、今はそこが私の課題なのかな と感じているところです。 仏教を学ぶ中でも、またビジネス書でも 盛んに「 利他 のススメ」がなされています。 そして、さきほど以下の本を読んでいて 驚愕の事実を知りました。 その記載によれば、私の出勤拒否症の根源には 強いエゴ が隠れているというのです。 た、確かに 強欲 ともいえる エゴ の持ち主です。 でも、こんな私でも 利他 に徹することもあるんですね。 それは自分の専門知識や経験を生かせている時です。 自分のことなど忘れ、相手中心の思考に夢中です。 それはまさに我を忘れるという境地。 学生時代まではそういう経験もいくつかありましたが、 社会に出てからはそういった心境に達することは ほとんどありませんでした。 それはそのバランスが エゴ に偏っていたからかもしれません。 つまり、 利他 の心が欠けていました。 たとえば一つの会社があるとしましょう。 その理念が某居酒屋のように、 たくさんの「ありがとう」を集めることを 掲げているとします。 そういう 利他 を掲げながらも、 会社の本質は営利性です。 分かりやすく言えば、金儲けに目的があるのです。 とすれば、 建前=利他 だけれども、 本音≠エゴ なのではないかと考えている自分がいました。 ただ、今ここで綴る中で気付いたことは、 双方の目的は並立しうる ということです。 私の最近お気に入りの言葉が、 「精神的であれ、物質的であれ、富がもたらされる過程は   感謝 という一語に要約することができる。  私が 感謝 の心を持たないとしたら豊かさとは縁遠...

電卓じゃ弾けない

おはようございます、秀虎です !! 現在の鬱の症状 ですが、 相変わらず 眠れていない のと 食欲が湧きません 。 それでも少しずつ改善してきて、 睡眠に関してはやや問題がありますけれど、 食欲は 食べれる日も増えてきました 。 ( これまでは馬鹿みたいに食べていました ) さて、本題。 先週くらいから、学生時代からの愛読書である 「 7 つの習慣」 を何度目か読み直しています。 『小手先のテクニックでなしに、 人格を磨くことなくして真の成功はあり得ない』 これはそのように主張する本です。 ビジネスマンの間で バイブル になったほどの本です。 やはりみなさん 人格を磨くことの重要性 を察しているんですね。 ( それでも何故こんなに生きづらい殺伐とした世の中なのか… ) 先日、 仏教 を学んでいるお話をしました。 それは私自身が図らずも仏教という形で、 人格を磨きたいと思ったからに他なりません。 結局、 最後に物言うのは人格・人柄・人徳 でしかないと思っています。 たとえば映画「ペイ・フォワード」のように、 親切にしてあげたものは必ず何かの形で返ってくる んですね。 このブログタイトルにあるように私は 底辺ピラミッド にいます。 それでも、こんなポンコツな私でも、 無私な心で私を助けてくれる方々に支えられています。 頼りにしてくる人も多くいます。 それに気付いたのが、今年に入ってからです。 私自身、至らぬ点も多く 人徳に優れているとは思っていません。 ただ、 自分の中で絶対に守ってきたルール があります。 それは礼儀を忘れないこと。 挨拶をきちんとする、丁寧にお礼をする、 また周囲に困っている人がいたら積極的に手を差し伸べる等。 悲惨な現状でも支えてくれる方がいるという事実は、 こういった心構えの美しい見返りなのかなと考えています。 時には、自分自身の利害から離れてみること。 これを意識するだけで、人生が少しでも好転するかもしれません。 勉強コンサルタント  秀虎